Takuro TOJIMA

研究内容: 神経軸索ガイダンスを制御する細胞内メカニズム

背景

動物の全ての脳機能は全身に張り巡らされた神経回路網に依存します。 神経回路形成過程において、はじめは球状の神経細胞は、「軸索」と呼ばれる細長い突起を徐々に伸ばしてゆきます。 軸索の先端部分は高い運動性を持ったアメーバのような形状をとり、これを「成長円錐」と呼びます。 成長円錐がたどる経路には、「軸索ガイダンス因子」と呼ばれる道路標識のような分子が多数存在します。 軸索ガイダンス因子は、成長円錐を引き寄せる作用を持つ「誘引因子」と、 遠ざける作用を持つ「反発因子」の2種類に大別されますが、 成長円錐はこれらの濃度勾配を感知して自らの進行方向を変化させることではるか遠くに存在する標的細胞までたどり着き、 最終的に標的細胞と「シナプス」と呼ばれる連絡構造を介して繋がります(図1)。

図1

図1.神経回路形成の諸過程

成長円錐の誘引と反発を切り替えるセカンドメッセンジャーシグナル

過去の研究により、同一のガイダンス因子に対する成長円錐の反応性(誘引または反発)が、 成長円錐の種類や発生時期などによって切り替えられる現象が知られていました。 このことは、個々の軸索がそれぞれ別の場所にある標的と結合することを考えれば当然で、 経路上に呈示される一つのガイダンス因子を「誘引」と読むか「反発」と読むかの判断は、 それぞれの行き先によって成長円錐ごとに下されなければなりません。 私たちの研究グループでは、 成長円錐が誘引と反発とを切り替えるための細胞内セカンドメッセンジャーシグナル系(Ca2+、cAMPおよびcGMP) の働きを解析しました。

ガイダンス因子の濃度勾配に遭遇した成長円錐内部では、 空間的非対称性を持った細胞質Ca2+イオン濃度上昇が観察されます。 このCa2+シグナルは、 ガイダンス因子の作用が「誘引」の場合も「反発」の場合も同じ空間分布(ガイダンス因子濃度の高い側で高濃度)をとります。 一般に、細胞質中のCa2+濃度は、細胞外からの「Ca2+流入」と、 小胞体からの「Ca2+放出」により上昇しますが、私たちの研究から、 成長円錐の誘引を引き起こすCa2+シグナルには、 小胞体膜に存在するCa2+透過性チャネルであるリアノジン受容体からのCa2+誘発性Ca2+放出が含まれること、 さらには、反発性Ca2+シグナルには小胞体Ca2+放出が含まれない(細胞外Ca2+流入のみ) ことが明らかになりました。

さらに私たちは、リアノジン受容体チャネルのCa2+透過性を規定する要因として、 細胞外基質と環状ヌクレオチド(cAMPおよびcGMP)の役割を明らかにしました。 神経接着分子L1上に培養された成長円錐内ではcAMP/cGMP濃度比が高く、 一方で細胞外基質分子ラミニン上では濃度比が低く保たれます。 cAMP/cGMP濃度比が高い状態では、リアノジン受容体が活性化状態に保たれており、 細胞外からのCa2+流入に対してCa2+誘発性Ca2+放出が起こり、 その結果成長円錐は誘引されます。 一方、cAMP/cGMP濃度比が低い状態ではリアノジン受容体は不活化されCa2+放出が起こらず、 成長円錐は反発されます(図2)(Ooashi et al., 2005; Tojima et al., 2009)。
cAMP、cGMP濃度は細胞外基質以外にも多くの要因で変化します。 成長円錐は、様々な状況に対応して臨機応変に自らの内部でcAMP/cGMP濃度比を変化させ、 ガイダンス因子に対する応答性を決定していると考えられます。

図2

図2.成長円錐の旋回方向(誘引/反発)を規定する細胞外基質とセカンドメッセンジャー系

成長円錐の誘引と反発を駆動する膜トラフィッキング

続いて私たちは、 Ca2+シグナル下流において成長円錐の誘引と反発を駆動する分子メカニズムを解析しました。 成長円錐が誘引因子に遭遇した際、成長円錐の片側(Ca2+シグナルが発生した側) において細胞内膜小胞が成長円錐の中心部から周辺部に向かって輸送されます。 輸送された膜小胞は形質膜と融合(エクソサイトーシス)し、その結果、 成長円錐がCa2+発生側に向かって進路を変更します(誘引)。 また逆に、成長円錐が反発因子に遭遇した際は、 反発性Ca2+シグナルが発生した側で形質膜成分が細胞内に次々と取り込まれ(エンドサイトーシス)、 その結果成長円錐がCa2+発生側とは逆方向に進路を変更します(反発)。 このように、成長円錐片側における形質膜成分の追加と除去が、 誘引と反発をそれぞれ駆動することが明らかになりました(図3) (Tojima et al., 2007; Tojima et al., 2010; Tojima et al., 2014)。

図3

図3.成長円錐片側でのエクソサイトーシスとエンドサイトーシスがそれぞれ誘引と反発を駆動する
では、膜トラフィッキング系が成長円錐の誘引・反発を駆動する仕組みとはどのようなものでしょうか? 過去の多くの研究により、成長円錐の運動性制御には細胞骨格や接着分子が重要な役割を果たしていることが良く知られています。 膜貫通型タンパク質である接着分子は膜小胞によって形質膜へと運ばれます。 また最近、RacやCdc42といった細胞骨格制御因子も膜小胞に結合した形で形質膜直下へと輸送されることが報告されています。 私たちが明らかにした成長円錐における非対称性エクソサイトーシス/エンドサイトーシスは、 細胞骨格の動態や接着を担う機能分子群を、 成長円錐片側においてまとめて同時に供給/除去する役割を持つと考えられます。 これにより、成長円錐の接着性および細胞骨格動態の空間的非対称化が誘発され、 その結果として成長円錐の移動方向が変化することが推察されます(Tojima et al., 2011; Itofusa and Kamiguchi 2011)。

展望

私たちの一連の研究から、神経軸索ガイダンスは、 Ca2+シグナル下流において誘発される形質膜成分の供給・除去という極めてシンプルな機構により駆動されていることが明らかになりました。 私は、今後もさらなる研究を重ねることで、 ガイダンス因子受容から成長円錐の旋回運動に至るまでの普遍的なシグナル伝達機構の全貌を明らかにし、 生体内で正しく神経回路網が形作られるための基本原理を明らかにしたいと考えています。 研究成果は、損傷した後の再生軸索を本来の正しい標的へ誘導するための医療技術の開発に貢献することが期待されます。

引用文献

Noriko Ooashi, Akira Futatsugi, Fumie Yoshihara, Katsuhiko Mikoshiba, Hiroyuki Kamiguchi.
"Cell adhesion molecules regulate Ca2+-mediated steering of growth cones via cyclic AMP and ryanodine receptor type 3"
Journal of Cell Biology 170:1159-1167. (2005) PMID:16172206
Takuro Tojima, Hiroki Akiyama, Rurika Itofusa, Yan Li, Hiroyuki Katayama, Atsushi Miyawaki, Hiroyuki Kamiguchi.
"Attractive axon guidance involves asymmetric membrane transport and exocytosis in the growth cone"
Nature Neuroscience 10:58-66. (2007) PMID:17159991 FACULTY of 1000 プレスリリース RIKEN RESEARCH RIKEN BSI NEWS
Takuro Tojima, Rurika Itofusa, Hiroyuki Kamiguchi.
"The nitric oxide-cGMP pathway controls the directional polarity of growth cone guidance via modulating cytosolic Ca2+ signals"
Journal of Neuroscience 29:7886-7897. (2009) PMID:19535600
Takuro Tojima, Rurika Itofusa, Hiroyuki Kamiguchi.
"Asymmetric clathrin-mediated endocytosis drives repulsive growth cone guidance"
Neuron 66:370-377. (2010) PMID:20471350 FACULTY of 1000 プレスリリース RIKEN RESEARCH
Takuro Tojima, Rurika Itofusa, Hiroyuki Kamiguchi.
"Steering neuronal growth cones by shifting the imbalance between exocytosis and endocytosis"
Journal of Neuroscience 34:7165-7178. (2014) PMID:24849351 This Week in The Journal
Takuro Tojima, Jacob H. Hines, John R. Henley, Hiroyuki Kamiguchi.
"Second messengers and membrane trafficking direct and organize growth cone steering"
Nature Reviews Neuroscience 12:191-203. (2011) PMID:21386859
Rurika Itofusa, Hiroyuki Kamiguchi.
"Polarizing membrane dynamics and adhesion for growth cone navigation"
Molecular and Cellular Neuroscience 48:332-338. (2011) PMID:21459144

さきがけ


神経糖鎖生物学



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